宇都宮地方裁判所足利支部 昭和43年(ワ)33号 判決 1969年9月25日
原告 山縣桂次
右訴訟代理人弁護士 戸恒庫三
被告 野口宏
右訴訟代理人弁護士 石川浩三
<ほか二名>
主文
一、被告は、原告に対し、金二七万三、五〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月三日から完済に至るまで、年五分の金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、被告の負担とする。
四、この判決は、第一項にかぎり、かりに執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一、原告
被告は、原告に対し、金二七万三、七三〇円およびこれに対する昭和四三年五月三日から完済に至るまで、年五分の金員を支払え。
訴訟費用被告負担。
仮執行宣言。
二、被告
請求棄却。訴訟費用原告負担。
第二請求原因
一、原告は、昭和四二年五月三日午後五時五分頃佐野市金井上町地内市道を自動二輪車に乗車して、同市金屋仲町方面(東方)から同市天明町方面(西方)へ進行し、金井上町二、五一七番地先に差しかかり、道路左側(南側)に停車していた被告が所有し、運転する自家用普通乗用車(栃5せ3922)の左側方を通過しようとした際、運転席にいた被告が突然運転席右側ドアを約七〇センチメートル開けたため、原告の左腕と左大腿部がドアの端に触れ、そのため原告は路上に顛倒し、よって、全治まで約二週間を要する頭部打撲症、左大腿部打撲血腫等の傷害を負い、事故当日の五月三日から同月二六日まで、佐野市内の佐野厚生病院で入院、通院による治療を受けたが、同年八月初め頃から上半身にしびれを感じ始め、同病院で診療を受けたところ、むち打ち症と診断された。
ゆえに、被告は、自賠法第三条の運行供用者として、原告の被った損害を賠償する義務がある。≪以下事実省略≫
理由
≪証拠省略≫を合わせ考えると、つぎの事実が認められる。被告は、昭和四二年五月三日その所有の自家用普通乗用車(栃5せ3922)に友人二名を同乗させ、同日午後五時頃佐野市金井上町の市道を同市金屋仲町方面(東方)から同市天明町方面(西方)へ向けて運転進行し、金井上町二、五一七番地先の地点で、進行方向左側(南側)に自車を寄せ、西方に向けて一時停車した。被告は、ここで、同乗の友人二名を下車させた上、付近に適当な駐車場を探そうとしたものである(被告が右日時に右地点で被告所有の被告車を一時停車したことについは、当事者間に争いがない。)。ところで、当該地点の市道状況は、幅員一〇メートル、アスファルト舗装、直線で見透良好であり、センターラインはなく、歩車道の区別もないが、両端に非舗装部分(北側一、八メートル、南側一、九メートル)があり、付近に横断歩道や交差点はなく、また被告車以外には駐停車の車輛はなく、当時の交通量はひんぱんではなかった。被告車は、道路左側の舗装部分と非舗装部分にまたがって停車し、助手席の友人一人が左側ドアを開けて道路左側に下車し、つづいて、被告も運転席右側のドアから道路中央側の方へ降りる態勢にあった。他方原告は、その頃自動二輪車に乗車し、前記市道の中心より左側の舗装部分を、時速約二五キロメートルで、被告車の後方から西方へ進行し、被告車の約一〇・四メートル手前の地点で、停車中の被告車を認め、原告車のハンドル左端と被告車のボディとの横の間隔を約七〇センチメートル保持して、その右側方を通過しようとした。このとき、被告が下車しようとして、後方からの進行車の有無を確認しないで、いきなり運転席右側のドアを半ば開いたので、原告の左腕と左大腿部とがドアの端に触れ、原告がその場に車もろとも転倒し、これにより、全治まで約二週間を要する頭部打撲症のほか、左腕擦過傷、左大腿部打撲血腫の傷害を負った。以上のとおり認められる。
被告本人は、自車のドアを開いたことはなく、双方の車が接触したこともないと供述するが、原告が被告の開いたドアに接触したとの事実は、前掲各証拠により認定する以下の状況から肯認され、右供述は措信できない。すなわち、被告は、本件事故発生前に、事故現場の道路左端に被告車を西方に向けて停車し、事故発生直前には、運転席(右ハンドル)にあって、まさに車外に出ようとする態勢にあり、そこへ原告車が後方から被告車の右側方を、これとの横の間隔約七〇センチメートルで西進し、被告車運転席右側ドアの位置まで来た瞬間、右側(道路中央寄り)に傾いて転倒したことは前述のとおりである(そのため、被告車前方エンヂン部右外側から約七〇センチメートル中央寄りの道路上に、原告車右側アクセルグリップ、右側ステップによる擦過痕ができた。)。原告車が走行したのは、見透の良い舗装部分で、路面は良好であり、後記の如く原告が当時若干の酒気を帯びていたことを考慮に入れても、自ら転倒するとは考えられず、また転倒すべき障害物の存在もなかった。そして、自動二輪車に乗車した姿勢における原告の左腕と左大腿部は、被告車の右ドアを半ば開いたときの位置と一致するところ、原告の負傷部位は、頭部のほか左大腿部と左腕とであり、特に左腕に負った長さ約八センチメートルの細長い三ヶ月型擦過傷と左大腿部打撲症とは、開いたドアの端との接触により生じ得べきものと思料される。以上の諸点から見て、原告車は、何らかの物体と接触しないかぎり転倒することは考えられず、しかも当時事故現場において被告車以外には接触可能な物体はあり得ず、加えるに原告の負傷状況に照らしても、本件事故は被告車の開かれたドアの端との接触によるものといわざるを得ないのである(なお、もしドア以外の部分と接触したとすれば、被告車のいずれかの部分に接触痕が認められてよかりそうなのに、それも発見されない。)。
してみると、本件事故は、原告と被告車との接触により発生したものというべきであるから、被告は、原告に対し、自賠法第三条により、運行供用者として、原告の本件事故により被った損害の賠償義務を免れない(本件の如き一時停車中の自動車の開扉による事故でも、自賠法第三条にいわゆる運行に当ることもちろんである。)。
よって、つぎに原告の被った損害について判断する。
≪証拠省略≫によると、つぎのとおり認められる。すなわち、原告は、本件事故により、頭部打撲症、左腕擦過傷および左大腿部打撲血腫の傷害を負い、左腕と左大腿部の傷害は間もなく治癒したが、昭和四二年八月初めから手足にしびれを感じ、同月末佐野厚生病院で、むち打ち症と診断され、それ以後同年一二月二九日まで隔日に同病院に通院し、この間コルセットを使用し、満足な就業は不能であった。その後も、寒いときはしびれを感じ、昭和四三年にも、佐野市内の両毛脳病院で脳波の、中央整形病院でレントゲンの各検査を受けたりしたが、現在ではおおむね治癒した。しかして、以上の間の原告の損害は、請求原因二(1)ないし(7)のとおりであること(ただし、後記の如く(2)の一部を除く。(6)の慰藉料、(7)の弁護士費用とも相当と認める。)。以上のとおり認められる。なお、(2)のうち卵代については、≪証拠省略≫によると、昭和四二年五月二〇日の分金二三〇円は、同年八月一日以前であって、これを除外すべきことは原告の主張自体から明らかであるから、この分の請求は失当である。ゆえに、原告の損害は、(1)ないし(7)の合計金五九万二、二一五円から右金二三〇円を差し引いた金五九万一、九八五円となるところ、原告が保険金三一万八、四八五円を受領したことについては、当事者間に争いがないから、これを控除した金二七万三、五〇〇円が損害額となる。
よって、つぎに、抗弁一(示談成立)について判断する。
原被告間に被告主張の如き条項の示談が成立したことについては、当事者間に争いがないところ、≪証拠省略≫によると、右示談は、後日後遺症が生じた場合は、改めて原被告が協議するむねを定めており、これにより原告が一切の損害賠償請求権を放棄したものでないことは明らかである。むしろ、右示談は、後遺症が生じることなければ、原告は何らの損害賠償請求をしないが、後日もし後遺症が生じたときは、まず双方協議し、これがまとまらなければ、損害賠償の請求を留保する趣旨であると認めるべきものである。そして、後遺症発生後原被告が損害賠償につき交渉したが、まとまらなかったことについては、原被告各本人の供述により認められる。ゆえにこの抗弁は理由がない。
つぎに抗弁二(過失相殺)について判断する。
被告は、原告が飲酒運転をして注意力散漫となり、被告車との横の間隔を適当に保たないで通過した点、原告にも過失があると主張する。原告本人の供述によれば、原告が事故当日知人宅に立ち寄り、午後二時半頃から二時間位の間にビールをコップに四杯位(大びん一本位)を飲み、午後五時頃かなり酒気が減退してから、知人宅を出発したこと、原告の平常の酒量は清酒一合程度であること、したがって、事故当時未だ若干の酒気を残していたことが認められるが、そのために運転上の注意が散漫になり、正常な運転を欠いたと認められる形跡はない。そして、横の間隔を十分保たないで通過したとの点について判断するのに、自動二輪車に乗車して、停車中の乗用車の右側方を通行する際には、これと接触することなく、安全に通過するため、適当の間隔を保持すべき注意義務あることは明らかであり、要は見透如何、道路の広狭、路面の良否、交通量等の道路状況および通過時の速度等具体的事情に応じて、安全に側方通過できるだけの間隔を保持するを要し、かつこれで足りるというべきところ、本件においては、前認定の如く、午後五時ではあるが、未だ明るく見透し良好であり、事故地点は幅員一〇メートルの路面良好な舗装道路で、交通量もひんぱんでなく、原告車の速度は時速約二五キロメートルであり、≪証拠省略≫によると、被告車ボディの右端と道路の中心との距離は二、三メートルあることが認められるところ(したがって、原告車が通行区分を守って通過するには、右の二、三メートルの間を走行すべきことになる。)、原告車は、そのハンドル左端と被告車ボディ右端との間隔を七〇センチメートルに保持して走行したのであって、未だこれをもって、適当な間隔不保持の過失ありというを得ない。けだし、以上の如き道路状況と原告車の速度等に照らし、通過時の原告車は安定した走行状態のもとにあったというべく、被告の開扉さえなければ、七〇センチメートルの間隔でも安全に通過し得たのであって、本件事故は、もっぱら被告側の不注意な開扉に起因するといえるからである(本件において、右の間隔が一メートル以上であったら、事故は発生しなかったであろうことは容易に推察される。しかし停車中の自動車の右側方を通過する運転者としては、特別の事情例えば自己の現認下に先行車が停車し、かつこれに続いて先行車内からの下車が十分予見される場合等は格別、前段認定の如き特別事情の認められない本件においては、停車中の自動車の運転者が後方を確認せず、いきなり道路中央寄りのドアを開けるような行動にはでないことを信頼して運転すれば足り、あえて、不意にドアが開かれても接触する危険のない間隔を保持してまで運転すべき注意義務はないと解する。栃木県道路交通法施行細則第一〇条第五号には、道路交通法第七一条第六号の規定による車輛等の遵守事項の一つとして、「乗降口のドアを開放したまま進行し、又は交通の妨害とならないことを確認した後でなければ乗降口のドアを開閉し、若しくは開閉させないこと。」と規定している。)。ゆえに、原告には何らの過失はないから、この抗弁は理由がない。
してみると、被告は、原告に対し、原告の被った損害金二七万三、五〇〇円およびこれに対する昭和四三年五月三日(訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払義務がある。
よって、原告の請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余(請求原因二の(2)の卵代金の一部金二三〇円)は理由がないから棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 菅本宣太郎)